wourd historyのブログ

特に歴史についての記事載せています。不定期ですが記事を載せていこうと思っていますので興味ある方はぜひ読んでみてください<(..)>

宮古島島民遭難事件(みやこじまとうみんそうなんじけん)について

宮古島島民遭難事件とは、日清修好条規の結ばれた1871年(明治4年)に琉球王国の首里王府に人頭税が課されていた宮古、八重山は年貢を納め、1871年(明治4年)10月18日那覇を出港し帰途についた。風がやみ一時、慶良間諸島に停泊していた、そして同月29日に…

沖縄の社会問題について

沖縄の社会問題として基地問題がある。現在でも沖縄独自の問題として度々本土のニュースとしても取り上げられているが、実際沖縄のイメージとしては政治的なイメージである「基地」や「平和」といったイメージは薄れて、「南国」や「癒し」といったリゾート…

戦跡保存について

激しい地上戦を繰り広げた沖縄には戦いの爪跡として県内各地に数々の戦跡が確認されている。その中でも地上戦で使用された司令部壕、砲台跡、トーチカ、住民の避難に使用された壕などが発見されている。他にも沖縄戦以外の遺跡も発見されるなど沖縄は遺跡の…

瀬長亀次郎

瀬長亀次郎は沖縄県島尻郡豊見城村我那覇で誕生する。1963年に執筆した彼の過去の人生には彼を正しく導いた「三つの星」というものがあった。一つ目は母という存在であった。亀次郎は戦時中母と羽地村で生活をしていた。しかしもともと貧農ということもあり父…

俗信とは

俗信とは兆や禁、占、呪といった領域とされ、言い伝えなどのことをさすとされている。俗信理解をするにあたって大事なことは説明であり、人の原因不明の病や不思議な現象が身の周りで起こると人間は「なぜだろうか?この出来事には何らかの原因がある」とい…

山田真山の生涯

今からおよそ130年前の明治18年(西暦1885)沖縄県那覇市に五男の末っ子として生まれた。元服以前は童名を真山戸、呼び名を兼慎といった。彼ら一家は廃藩置県後の失業した士族で編成された強制移民により、沖縄県八重山郡石垣市に移住することとなった。しかし…

薩摩侵攻以前の薩摩藩と幕府

徳川幕府は、豊臣秀吉の朝鮮侵略後、明との日明国交を優先する対明政策を推進した。そのため、日明交渉の仲介役として明を宗主国と仰ぐ琉球に期待した。このような対明政策の過程で、1609年に薩摩藩を通じて琉球を征服した。薩摩が支配に乗り出した表向きの…

薩摩侵攻について

1609年ついに薩摩侵攻の行動が始まる。薩摩の『旧記雑録』に琉球王への書状があり、亀井一件に始まる琉球の一連の無礼についての責任が問われ、家康からの『琉球誅罰』御朱印が下ろされ、出兵の準備の整ったことを意味していた。「貴方(琉球国王)が悔いを…

コザ暴動

コザ騒動は1970年12月20日深夜1時ごろコザの街で起こった事件だ。最初、軍雇用員の翁長清一さんが京都ホテル前の24号線を横断中、米陸軍所属ジェームズ・R・ハロルドの運転する乗用車にはねられた事故が発端となっている。数分経ち事故処理に米憲兵とコザ職…

ハインリッヒ・シュリーマンの生涯

シュリーマンはドイツ出身で、父がプロテスタントの説教師で母は9歳の時に亡くなった。13歳に小中一貫校に入学するが、貧しさで14歳の時に1836年に退学して食品会社で働くことになった。 その後オランダで貿易会社に入社して、1846年サンクトペ…

トロイヤ文明発掘の遺跡

ギリシャの吟遊詩人ホメロスの作品である「イーリアス」を読んで感動したのがきっかけとなっている。当時はトロイア戦争はホメロスの空想の物語だとされていて、トロイアの実在しないものだという主張が根強かった。そのためシュリーマンの「トロイアは実在…

トロイヤ遺跡発掘のきっかけ

ギリシャの吟遊詩人ホメロスの作品である「イーリアス」を読んで感動したのがきっかけとなっている。当時はトロイア戦争はホメロスの空想の物語だとされていて、トロイアの実在しないものだという主張が根強かった。そのためシュリーマンの「トロイアは実在…

祖先祭祀

柳田邦夫の祖霊論の先祖祭祀によると「日本人の神は祖霊である」と定義した。祖霊とは死者が死後に子孫により祭祀され続けることにより祖霊へと変化していくとされている。祖霊は生前の個人としての存在ではなくある抽象的な集合体であり、儀礼においては神…

若頭組について

「イエ」とは他の文化で表される「家族」とはとはイコール関係ではない。喜多野清一の著書の一部によると「社会の成員であり生活の単位、また生死を超えた連続する存在」とされ、家業での経営、家系上での先祖を祀ることがこの「イエ」という定義である。イ…